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家庭的保育専門 はっちROOM

「先生、この事ママに言わないで」
幼稚園で受け持っていたクラスのお子様が
トイレで失敗してしまった時
こんな言葉を呟いたことがありました。

理由は「カッコ悪いから言って欲しくない」とのこと。
怒られるからとか恐いからという理由ではありませんでした。



遊びに夢中になり、トイレへ行くのは後回し。
遊びが資本のお子様にはよくある事ですし
トイレを忘れる程夢中になれる姿は溌剌としています。

ですがこの時、このお子様は
"失敗したな" "カッコ悪いな”と、感じ
過去と同じ事を繰り返してしまった自覚があったのでしょう。

尿意を感じた時に、行く事ができたなって。

そして"カッコ悪いことをした"と思うのは
繰り返してしまった事への反省や
教えてもらった事をきちんと理解している証拠です。



ところが普段「禁止」の言葉や「指示」の言葉のみで
注意を促している場合、どうしてそれが失敗なのか理解できず
「カッコ悪い事しちゃたな・・・」という発想にはならないかもしれません。

「禁止」の言葉
例えば、身支度をなかなか進めないときの「ボーっとしないで!」。
「指示」の言葉
例えば、身支度をなかなか進めないときの「くつした履きなさい」。

お子様ご本人が、自身で考えずに済んでしまう
こちらの2つの言葉だけで促していると
何故早く身支度をしなくてはいけなかったのか
理解できないまま、その時間は過ぎます。


でもこれを「事実」の言葉に変えるだけで
その後起こる事を予測し、お子様ご本人が考えて行動することになります。

「事実」の言葉
例えば、身支度をなかなか進めないとき
「お迎えのバスが来る時間になるね」
「お友達が遊びにくる時間だね」
まず事実を伝えると、はっと気付くお子様もいらっしゃるでしょう。

園生活で、おしゃべりに花が咲きすぎ作業が進まないときなどは
この「事実」に気持ちを添えて・・・
「お絵かきの時間がもうすぐ終わってしまうね」
「仕上がりを見るのが楽しみだわ」
「今は何をする時間だったかしら?」

「おしゃべりしないで、お絵かきしましょう。」
と言うより、はるかにスムーズに作業が進みます。

年長さん位になると、ちょこっと「事実」を伝えると
「おしゃべりやめよ。お弁当の時間になっちゃうもんね。」
なんて、ご本人同士で話していたりします。
現状をクリアしないと、次にどうなるかを
お子様ご本人が考えて行動できた、ということです。



「ママに言わないで」と呟いたお子様とは、その時
トイレでは失敗してしまったけれど
「"早く行けたのに"と自分で反省できた、立派なこと」
だけを、お母様に報告する約束をしました。

そして、自分で考える力を身につけている事が嬉しいと
お母様はお応えくださいました。


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お友達に噛み付いてしまった?お友達が噛み付いた?
びっくりを通り越して声も出なくなるような出来事です。
報告を受けた耳を疑う、心の痛む出来事です。



お子様が「噛み付く」という行動に出た時
原因がはっきりしている場合の多くは
「遊具を貸して欲しいという意思の伝え方が分からなかった」とか
「順番というルールが上手く理解できていなかった」
という理由だったりします。


ある時、2歳の弟さんがいる幼稚園年中組のお子様が
腕に歯形をつけて登園してきたことがありました。
聞けば2歳の弟さんに噛み付かれた、とのこと。

1歳~2歳くらいまで
意思がうまく伝わらない時や意見を通したい時
相手に噛み付く事がよくあります。

例えば、遊具の取り合いになった時、まだ言葉も上手に話せず
譲り合いはまだまだ難しく「欲しい、やりたい」という意思だけが先走る。

そんな状態で「噛み付いたら相手がおもちゃから手を離した」となると
「噛む」事が有効な手段だと学習して、噛み付きを続けることがあるのも事実です。

そんな時は、1~2歳のお子様の場合「これが欲しかったんだね」と代弁したり
あえて大人は介入せず、お子様自身に「噛み付くと遊んでくれなくなる」と
学習してもらうきっかけにしたり。
「噛んじゃだめよ!」というよりも「こうやったらうまく遊べるよ」ということを
少しずつ伝えていきます。

また、歯の成長過程に伴う理由や興味本位だったりと原因は様々ですが
言葉で意思を表現できる頃には噛まれた相手は痛いという事も理解でき
「噛み付き」は治まっていくようです。


・・・ところが。
このように「噛み付き」は1~2歳の頃の一過性の出来事として捉えられるだけに
3歳以上の年齢のお子様に「噛み付き」の行動が見られた時にも
「噛み付いちゃいけないって言ったでしょ」と一言で終わらせてしまったり
分別のつく年齢になったが故に生まれる悔しさを受け止めてやらず
「赤ちゃんじゃないんだから」と簡単に済ませたり・・・

と、この様に対処されたお子様は、極度に悲しくなり孤独になり
「本当はこうだったのにな」と悔しさを覚え
同じ出来事に遭遇した時の対処法も教われない
という満たされなさだけが残ってしまいます。

3歳以上のお子様がこのような満たされなさを感じた時
問題化しているいじめや荒れのような、ネガティブな根底に属する
「今度は大人の目の届かない所でやろう」「やっていないことにしよう」
といった発想すら生まれかねません。

そして
満たされない⇒満たされているお友達がうらやましい・気に入らない⇒
影で行動を起こす⇒何十倍もの注意を受け否定される⇒満たされない
という悪循環が始まります。

この悪循環がうまれてからでは、大人からのアプローチを受け入れる余裕も失われ
ますますネガティブな行動を起こしていくかもしれません。

大人が向き合わなかったがため、解決のヒントを教授しなかったために
満たされなさを感じ、それがきっかけでネガティブな思想を持ってしまう。
お子様ご本人はもとより、周囲にも衝撃を与える行動ですから
「噛み付いた」という事実はきちんと受け止め
幼い頃に経験済みの行動を繰り返した、その裏側にある原因を
しっかり解決していきたいものです。




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「どうして食べてくれないのかしら?」
お弁当・給食・ご家庭でのお食事を残してしまうことへ
不安や不満を抱えている、というお話を
いくつか聞いたことがあります。

そんな時、園生活の中で『自信の種まき』をしたことがあります。



食の細いお子様にも、時間がかかってしまうお子様にも
食事の途中で座っていられなくなるお子様にも
とても有効な方法でした。

その『自信の種まき』とは
いただきますの段階で、あえて食事の量を
減らして出してみる、というものです。
たくさんの量を食べてもらうことに力を入れず
あえて量を減らし完食できたことを褒めて
自信をつけてもらうのです。

量を減らして出す=これを種まきとしましょう。
「わ~!もう空っぽね!!」と、水やりの言葉をかければ
後はもうお子様自身で、葉をつけ・・・実をつけ・・・
お代わりをしたり、これまで以上の量を完食できる様になっていきます。


あえて量を減らした食事を完食し
水やりをしても「じゃ、もうごちそうさまでいい?」
と返ってきたら、日光を当ててみてください。
翌日は、量を少し増やすのです。
前日、完食できたお子様には
自信という芽が胸に埋まっています。
日光を当てれば、葉をつけないまでも
日に日に芽は伸びていきます。


直後の「できる」こととしては
大人から見ると達成感が薄いかもしれませんが
小さな芽を伸ばして伸ばして、繰り返す内に
将来的には、より大きな「できる」になるということです。

焦らずに、種まきから育んでいった
現場での経験談でした。




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以前取り上げた、任意的な「自己防衛のウソ
についてご反響をいただきました。
自己防衛とひとくちに言っても
そのタイプはバラエティーに富んでいました。

今日は、これまで関らせていただいたお子様とのやり取りの中で
「自己防衛のウソ」に注意を促す、効果的だった言葉掛けを
具体的に取り上げてみたいと思います。



庭に生えている木の枝を折ってしまったお子様。
聞けば「最初から折れていたよ」と答えます。
ここで任意的なウソをつき、自己防衛を始めたのですが・・・
そんな時、お子様にどんな言葉を掛けますか?

[A]正直に言わないウソつきは嫌いよ?

[B]本当の事言うとスッキリするって知ってる?

[C]折れてる所、痛そうね?



何度もウソをつかれてしまい「まただ・・・」と切なく悲しく
注意の仕方も、回を増すごとにヒートアップし
執拗に責め立て感情的に注意している状態でしょうか。
人格をも否定する言葉が[A]です。
この言葉の中には、お子様が
「正直に言わない子」「うそつきな子」「ママに嫌われている子」
という3つの「人格否定」のニュアンスが含まれています。
「ママは僕(私)の事を嫌いなんだ」それだけが心に響き
恐怖心を覚え、これまで以上にウソをつくようになってしまいます。


[B]の言葉は、半肯定的で真実を言い出しやすくしています。
自己防衛のウソの場合、ご本人にウソをついている自覚があります。
「スッキリするよ」の言葉に促され
モヤモヤした気持ちにも気付けるのでしょう。
が、これを くどくどしつこく言い続けては逆効果で
残りの半否定的な要素が目立ってしまいます。
「ね、それ本当のこと?ホントのホントの事じゃなきゃダメなのよ?」
何度も繰りかえす事で、本来伝えたかった内容は頭に残らず
スッキリしたいと思った矢先に
口うるさいという印象だけが強く残ってしまいます。


「痛そうね」に続けて「どんな気持ちかしら?」と付け加えると
まず自分の行動を反省できるのが[C]
してしまった行動に共感する事で、一緒に反省し
「初めから折れていた」はずの木の枝へ
「もうしないように気をつける」とこっそり誓ってくれるでしょう。
また、感情的でなく穏やかに落ちついて話すと更に効果的で
注意された(怒られた)という印象は薄く
同じ事を繰り返してしまった時に「木の枝に可哀相な事をしちゃった」
と反省し、自己防衛のウソをつく必要がなくなります。


これらを踏まえて、園でこのような出来事に遭遇したとき
お子様に「どうしてウソがいけないか」お話します。
ウソをついてしまうと、本当の事を言った時に信じてもらえない。
おおかみ少年のお話を効果的に利用したり
信じてもらえない事がどんなに辛い事かお話します。

また、「童話的空想期」と「自己防衛のウソ」が重なり
「あっちから忍者が来て木の枝を折ったよ」
といった言葉が出た時には、お子様の頭の中では
「いけないことをした」感情と「このいけない事を忍者がやったのなら」
という空想が重なった事を理解した上で注意を促します。
忍者がそこにいない事ばかりを責め立て
「またウソをついて・・・」と伝えるのではなく
忍者については「忍者さんがいたのね」と一旦仕切りなおし
「でも、忍者さんに折られた枝、痛そうね」と反省するきっかけを作るのです。


ママだってパパだって人間です、365日向き合っているご家族に
感情的にならないで・・・とは言い難いところではありますが
自己防衛のウソは、繰り返すうちに罪悪感さえ無くなってしまうことが多く
今後、悩みの種になり兼ねません。
どうぞ、穏やかな心持で反省するきっかけを一緒に探し
ウソを繰り返さなくて良い状態を保ってみてください。



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以前取り上げた「童話的空想期」のお子様がつくウソ。
発達途中の成長過程に見られる行動で
想像や空想・願望をそのままストーリーとして創り上げており
大人は寛容に受け止め、詰門は避けたいところ・・・

というお話に続き、今日は任意的なウソについて取り上げてみたいと思います。



俗に言う"空気を読む"にも似た「思いやりのウソ」は
相手を守ったり、周囲に迷惑をかけない為のウソといった所でしょうか?

ある年のクリスマス会、サンタさんから既に持っている絵本をプレゼントされましたが
「どんなお話かな!ありがとう!」とお礼を言い、
その日最後まで持っている事を明かさないお子様がいました。
後々聞けば「持ってるって言ったら、サンタさん悲しいかなと思って」
と打ち明けてくれました。

真実を隠したという観点では、ウソに属する行為ですが
思いやりのウソでサンタさんの事を守ったことになり
任意的についているウソではあるものの
大人になってから経験する「ウソも方便」にも似た発言かもしれません。


さて、これとは反対に任意的につく「自己防衛のウソ」は
過去に注意された(怒られた)記憶のある出来事に遭遇した時
再度注意されまい(怒られまい)としてウソをつき
つじつまが合わずに謝れない場合のそれです。
ウソにウソを重ねていく事になり、お子様ご本人の中では
ますます過去に注意された(怒られた)出来事の印象が悪くなっていくのです。


以前、勤務していた園での出来事です。
自由遊び中、おもちゃを取られたと訴えるお子様の後を追い
「違うもん!取ってないもん!」と、すかさず訴えるお子様がいました。
この時、「仲良く遊べたら、すごく嬉しかったな」と、まず伝えると
あっさりとおもちゃを返し「取ってごめんね」と自ら謝れたのです。

本来なら、両者の見解を聞き、取った取られたの事実を明確にする様
じっくり話しをする心構えでいたのですが。

おもちゃを取ってしまった事実がそこにはあり
ご本人もそれが「してはいけないこと」として認識していた。
園であれ、ご家庭であれ、過去に同じ事をしてしまった時には
注意された(怒られた)経験があったことでしょう。
もしもこの時、過去と同じように「どうして?」と詰門されていたら
更に「取って無いもん」と続けたかもしれません。
ところが、注意を受ける前にワンクッション、別の言葉が耳に入ってきたことで
「怒られないなら、謝ってもいいか・・・だっていけない事しちゃったもんな」
と素直に受け止めてくれたのかもしれません。


心理学の専門用語に「初頭効果」とよばれるものがあります。

伝にくい事を伝える時や注意を促す時
まずご本人を認めていることを表し
耳を傾けてもらう効果・方法です。
初頭に自分の事を褒めてもらったり
「こうだったら、嬉しかった・悲しかった」
と注意を促す側の感情を訴えることで
注意された(怒られた)という結果よりも
初頭に受けた印象が全体を占める、といった「初頭効果」。

上に挙げた経験談はそれにあたるのかもしれません。
「あ、先生悲しい顔してる」と初頭に受けた印象で
ふっと気付いてくれたのかもしれません。
任意的につくウソは「取って無いよ」だけで終わり
事態を認めて自ら謝れた、ことになるでしょう。


注意される(怒られる)からウソをつき謝らない・認めない
ウソをつくから、注意される(怒られる)
この単純なカラクリを
大人が感情的に受け止め「またウソついた!」と繰り返すことで
そこには、悪循環が生まれます。

望んでいない悪循環を生まないためにも、ウソをつく根底を見直し
的確で効果的な言葉掛けをしていきたいものです。



幼いお子様への効果的な注意方法・促し方は
また後日、取り上げていきたいと思います。

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